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「実家と事業、すべて長男に」という遺言書でも、自分の取り分を遺留分侵害額請求できますか?
- 執筆者弁護士 山本哲也

「実家と事業は、すべて長男に譲る」という遺言書を故人が残していました。
遺族は、自身の取り分がまったくないことに愕然とすることでしょう。
このような遺言書は、法的に有効なのでしょうか?
もし有効だとしたら、他の相続人には何の手立てもないのでしょうか?
今回は、遺産相続の現場でよく見られる、特定の相続人に財産が集中する遺言書について、その背景や、法的に有効かどうか、もし有効であった場合に他の相続人がどのように自分の権利を主張できるのかなどについて、詳しく解説します。
目次
長男や後継者に財産が集まる遺言書が作られる背景

財産を持つ人が、特定の相続人に多くの財産を遺す遺言書を作成する背景には、いくつかの理由が考えられます。
ひとつめは、家業の承継です。事業を営んでいた場合、円滑な事業承継を目指すため、事業用の資産(事業所、株式、設備など)を後継者となる長男や特定の子供に集中させるケースが非常に多いといえます。
次に、実家の承継です。具体的には、親の面倒を見ていた、あるいは親と同居していた子供に実家を相続させたいと考えるケースです。
特に、介護などで貢献してきた子供に対し、感謝の気持ちとして家を譲りたいという親心から、このような遺言書が作成されることがあります。
さらに、特定の子供への配慮が挙げられます。
例えば、障害を持つ子供や、経済的に自立が難しい子供に対し、より多くの財産を遺したいと考える場合もあります。
このように、被相続人の強い意思や、家族の状況を考慮した結果であることが多いのですが、このような遺言書が原因で、他の相続人との間で深刻な争いが起きることも少なくありません。
富裕層に多い相続財産とは
富裕層の相続財産は、現金や預貯金だけでなく、多様性があることが特徴です。
具体的には、以下のようなものが挙げられます。
事業用資産
中小企業のオーナーであれば、非上場株式や事業用の不動産、設備などがあります。
これらは会社の経営権に直結するため、分割が難しい財産です。
不動産
自宅のほか、賃貸マンション、アパート、投資用不動産などが挙げられます。
評価額が高額になることが多く、売却しない限り分割が困難です。
金融資産
株式、債券、投資信託などの有価証券。種類が多岐にわたり、評価が複雑になることがあります。
美術品や骨董品
価値判断が難しく、専門家による鑑定が必要な財産です。
これらの財産は、単純に分割するのが難しいものが多く、遺言書で承継先を指定しないと、遺産分割協議が難航する原因となります。
そのため、富裕層においては、遺言書を作成してスムーズな相続を目指すことが一般的です。
全財産を特定の相続人に遺す遺言書は法的に有効なのか?

「実家と事業、すべて長男に」という遺言書は、民法が定める形式(自筆証書遺言、公正証書遺言など)に従っていれば、法律上、原則として有効です。
しかし、このような遺言書が法的に無効になるケースも存在します。
遺言書自体が無効になる場合
遺言書が法的に無効と判断されるのは、主に以下のような場合です。
遺言書が無効になった場合、遺言がないものとして扱われ、法定相続分に基づいて遺産分割協議を行うことになります。
遺言能力の欠如
遺言書を作成したときに、認知症などで被相続人に遺言能力がなかった場合には、遺言書は無効となります。
遺言書の形式不備
法律で定められた形式を満たしていない場合も、無効となります。
内容が公序良俗に反する
犯罪を前提とした遺言や、極端な差別的行為を強要する内容など、社会的な秩序や道徳に著しく反する内容の場合は、無効になります。
複数の遺言書がある
複数の遺言書が存在し、内容が矛盾している場合、新しい遺言書が優先されますが、その関係性が不明瞭な場合は、矛盾している部分が無効になる可能性があります。
遺言書の偽造・変造
遺言書が第三者によって偽造・変造されたことが明らかになった場合も無効です。
遺言が無効にならなかった場合にできること

では、遺言書が有効だった場合、他の相続人はどうすればいいのでしょうか。
この場合は、遺留分侵害額請求(旧:遺留分減殺請求)という制度を利用して、自身の権利を主張することができます。
遺留分は、兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者、子、直系尊属)に認められた、最低限の相続財産を保障する権利です。遺言書によって本来もらえるはずだった遺産が侵害された場合、その侵害分に相当する金銭を、財産を多くもらった相続人に対して請求することができます。
認められる権利は、具体的には以下の通りです。
- 直系尊属(父母、祖父母)のみが相続人の場合:3分の1
- 上記以外の場合(例:配偶者と子が相続人の場合):2分の1
遺留分侵害額請求はどの程度の遺産を主張できるのか?
遺留分は、相続人ごとに定められた割合に基づいて計算されます。
例えば、法定相続人が配偶者と子2人(長男、次男)の場合、遺産全体に対する遺留分は以下のようになります。
- 配偶者の遺留分: 1/2 × 1/2 = 1/4
- 子ひとり分の遺留分: 1/2 × 1/2 ×1/2= 1/8
もし「実家と事業、すべて長男に」という遺言書があり、次男が遺産をまったく受け取れなかった場合、次男は遺産全体の1/8にあたる金額を、長男に対して請求することができます。
この請求は、金銭の支払いを求めるのが原則です。
以前の制度(遺留分減殺請求)では、不動産などの現物を返還してもらうことも可能でしたが、2019年7月1日の民法改正により、金銭請求のみが可能となりました。
遺留分の対象となる財産
遺留分を計算する際の基礎となる財産には、被相続人が亡くなった時点で保有していた財産だけではありません。
具体的には、以下の財産が対象となります。
被相続人が亡くなった時点の財産
不動産、預貯金、株式など、プラスの財産すべて。
遺贈された財産
遺言によって特定の人物に遺贈された財産。
生前贈与された財産
- 相続開始前1年以内に行われた、相続人以外への贈与。
- 相続開始前10年以内に行われた、相続人に対する特別受益となる贈与(なお特別受益とは、結婚・養子縁組の費用や、生活費、学費など、特定の相続人だけが受けた特別な利益を指します)。
- 当事者双方が遺留分を侵害することを知って行われた贈与。
これらの財産をすべて合算した金額を「遺留分算定の基礎となる財産」とし、この金額に自身の遺留分率を乗じて、具体的な請求額を算出します。
遺留分侵害額請求の計算方法
遺留分侵害額請求の計算は、以下の式で行います。
遺留分侵害額
= (遺留分算定の基礎となる財産 × 各相続人の遺留分率) − (その相続人が受けた特別受益・遺贈) − (その相続人が負担すべき債務)
具体例を用いて計算してみましょう。
- 相続人:配偶者、子2人(長男、次男)
- 遺産総額:5,000万円(すべて不動産)
- 長男に全財産を遺贈する遺言書
- 次男について、300万円の特別受益あり
- 被相続人の借金などの債務はなし
この場合、次男の遺留分率は、先に計算したとおり、1/8となります。
- 遺留分算定の基礎となる財産: 5,000万円
- 次男の遺留分: 5,000万円 × 1/8 = 625万円
- 次男の遺留分侵害額: 625万円 – 300万円(受けた特別受益・遺贈)− 0円(負担すべき債務) = 325万円
このケースでは、次男は長男に対し、325万円の支払いを請求することができます。
遺留分侵害額請求の手続きと流れ

遺留分侵害額請求は、自動的に行われるものではなく、請求権を持つ相続人が、自ら手続きを行う必要があります。
遺留分を請求する権利があるかの確認
まずは、ご自身に遺留分を請求する権利があるかどうかを確認しましょう。
最初に、遺言書が手元にあるか、またその内容を確認します。
遺言書がない場合は、遺留分侵害額請求はできません。
その上で、 自身の立場(配偶者、子など)から、遺留分の割合を確認します。
そして、被相続人の財産がどれくらいあるのか、正確に把握します。不動産の評価額や、預貯金、株式などの金融資産があるかどうか調べましょう。
これらの確認作業は、相続人自身で行うことも可能ですが、正確な情報収集や複雑な計算が必要になるため、弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
遺留分侵害額請求調停をする場合
遺留分侵害額請求は、まず当事者間で話し合い、解決することが望ましいとされています。
話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に調停を申し立てるのが一般的です。
調停においては、裁判官と調停委員が、当事者の間に入り、双方の意見を聞きながら、合意できる点を探ります。
そして、当事者双方の合意が得られれば、調停調書が作成され、合意内容に従って金銭の支払いが実行されます。
調停は、調停委員らの介入があるため、当事者間の感情的な対立を和らげ、円満な解決を目指すことが可能です。
遺留分侵害額請求訴訟をする場合
調停でも話し合いがまとまらなかった場合、遺留分侵害額請求訴訟を提起することになります。
訴訟手続においては、当事者双方が主張や証拠を出し合い、裁判官がこれを元に判断を下します。
判決で金銭を支払うことが命じられれば、被告はその金額を支払わなければなりません。
ただし、訴訟手続においては、判決の前に和解が検討されることも少なくなくありません。
和解できれば、険悪になった相続人間の関係も、ある程度改善することが可能です。
まずは弁護士にご相談ください

遺留分侵害額請求は、手続きが複雑で、専門的な知識が不可欠であり、様々な局面で専門家のサポートが必要になります。
弁護士は、状況を丁寧にヒアリングし、法的な根拠に基づいた適切なアドバイスをすることが可能です。
遺言書の内容に納得がいかない、自分の取り分を主張したい、でもどうしたらいいか分からない、そんなお悩みをお持ちの方は、まずは弁護士に相談してみるのが良いでしょう。
弁護士法人山本総合法律事務所は、遺留分侵害請求に対する知見が深く、遺言の内容に納得がいかない皆様に適切なサポートをすることができます。
お悩みの方はぜひ一度ご相談ください。
